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 客観的事実をつなぐことで真実はみえてくる
 東京は気持ちいい秋晴れ、空が高く最高気温23℃と快適な気候。米を磨ぐ水が少し冷たい。

 相撲界で八百長の有無が騒がれている。北の湖と貴乃花の一番と、貴花田の優勝をかけた一番が八百長だったと明かした人がいるらしい。何を意図して明かしたのかにも少しだけ興味がある。それ以上に、八百長があったのかなかったのかを証明する手段に興味がある。
 マスメディアは当然のように当事者に体当たり猪突猛進を繰り返している。効率的な手段とは思えない。私が当事者だったら、そんな人たちに重要な話をしたとは思わない。突撃取材のような場面しかテレビで報道されないが、メールやファクス、その他の手段で正規の手続きを踏んで面談交渉をしているマスコミはないのだろうか。世間一般の人たちの多くの目には、取材に応じない人たちが悪い印象で受け止められているとおもうのだが、あのような突撃取材ならば、そもそも答える義務はないのだ。あれはマスコミが人を壇上から引きずり下ろす手段のひとつだ。本人らもそれらが正しい取材だと思ってやっているから手に負えない。
 突撃取材の批判は置いておいて、八百長の有無をどうやって証明するかを考える。「あなたは八百長をしたんですか?」という問いは意味がない。回答を信頼できないからだ。客観的事実を追う必要がある。
 北の湖と貴乃花の一戦では、「星の手当」として400万円が北の湖に支払われた、らしい。そもそも、藤田氏の証言(らしい)に出てくる「星の手当」の定義がどこにも述べられていない。あやふやな言葉が出てきたら、定義を確認しなければ話しにならない。とりあえず、「星の手当」を「勝ち星を故意に譲ってくれた相手への報奨金」ととらえて、話しをすすめる。
 400万円が本当に用意されたのかをまずは確かめる。預金通帳などを見れば明らかだ。裁判所が命令して銀行に資料を用意させてもいい。400万円の出金があきらかになれば、その使途を問う。よく分からない回答が返ってくれば、社会的には証明終了だ。数十年前の400万だ。使い道を忘れるはずがない。
 しかし問題なのは、これらの情報の受信者側だ。あやふやな情報は、記憶から消えやすい。八百長をしたかどうかについて鮮明な回答がないと、例えば本人が涙ながらに謝罪するとか、八百長の密約を交わしているテープレコーダーが見つかったとかがないと、人の記憶には残りづらい。政治家があ強引にあやふやな回答をするのもそのためだ。だから、あやふやな回答がされた時点で暫定的な結論を出しておく必要がある。今回の場合、北の湖が「故意による無気力試合」の意味を説明した時点で終わった。「病気やけがにより気の抜けた試合をしてはだめだぞ」ということらしい。それを言うなら「病気やけがによる無気力試合」である。「故意による」という枕詞は発想されないはずだ。
 矛盾点を合理的に突き詰めていけば、結論はより明確になる。
 現在の”真面目な”報道は、ドッキリ番組や近頃のお笑いに似ている。当事者の慌てているところに、突然押し掛け、まともに答えられない当事者を映すことで視聴率を稼ぐ。卑下た優越感を視聴者に与える。見ていて不快になる。

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