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 聞いた話ですが
「そうか、そんなに時間が欲しいのか。しかし魔法使いのおれでもおまえの寿命を絶対的に延ばしてやることはできない。でもなあ、方法はあるのだよ。今のお前は労働と睡眠に人生の大半を費やしているだろう? おれがその退屈でなにも生みださない無駄な時間を買い取ってやろう。おまえには残りの人生と同じ長さだけの空白の時間をくれてやる。その空白の時間には働く必要はないし、おまえは眠くならない。おまえの望みはそれで叶う、そうだろ? お金なんて魔法でいくらでも偽造できる。睡眠欲をゼロに抑える呪術もおれは知っている。実際おれは10年間寝ていないが、ほら、このとおり隈ひとつないだろう?
 ああもちろんそれなりの代償はいただくぞ。なあに、簡単なことだ。時間が欲しいというおまえには簡単な代償だ。
 おまえにはこれからある星に行ってもらう。そこで重労働をしてもらうとか、その星の民を殲滅させてこい、などという漫画みたいなことは言わない。そこで自由に時間を潰してもらうだけだ。ただし、期間は一万年だがな。一万年もいたらそれで人生終わってしまう? ははは、この条件を出すとどの人間も同じことを言うね。それがなあ、そこは不思議な星でな、地球での一日が一万年に引き延ばされているのだよ。だからおまえがそこで一万年を過ごし終わっても地球ではたった一日しかたっていない。宇宙の最果てのむこうがわにある惑星でな、時間の流れが、地球をふくむ宇宙とはどうやら少し違うらしいんだ。肉体の活動も一日分しか経過しない。つまり、そこで一万年過ごしても一日分しか老化しないってことだ。
 だがね、ここからが面白いところなんだが、引き延ばされるのは肉体の活動だけなんだよ。精神活動の濃さは薄められない。まあ平たくいえば、考える時間は地球の一万年と同じだけあるってことだ。老化はしないし腹も空かない、眠くもならなければ働く必要もない。加えてそこには何もない。平べったい空間があるだけだ。そこで一万年過ごしてもらう。
 なあに、地球時間ではたった一日だ。一日たったら、おれが地球に連れ戻してやるよ。同時にその星で生活した記憶を消させてもらうがな。面倒くさいんだ、おまえら人間にそんな場所があると知られるとな、いろいろな悪巧みに利用されるのでな。おっと、おまえがその星に行かないとしても今話している内容はあとで記憶から消させてもらうよ。
 どうだ、やってみるか? 一万年過ごしきれば、明日からお前は残りの人生なにもしなくてすむんだ。好きなことを好きなだけやればいい。時間と金はありあまるほどある。たった一万年だ。春を一万回むかえればいい。オリンピックを二千五百回繰り返せばいい。ミレニアムなんてたった十回しかない。西暦二千年を五回数えるだけだ」

| 09:17 | - | comments(0) | - |
 Creater
 数年前の夏のこと。
 知り合いのステージを立川まで観に行きました。衝撃でした。洗練された無駄のない身のこなしに魅了されました。『デザインにおいては、付け加えるものがなにもなくなった時ではなく、むしろ取り去るものがなくなった時が完成である』。とあるフランスの作家はこう言ったそうで、これがダンスにもあてはまるとすれば、まさにそれが体現されたステージだった。本人曰く、「満足できたステージはない」らしいですが。実に謙虚。いや、謙虚では、ないか。

 大学三年の冬だったか。場所は忘れてしまった。アカペラグループのコンサート。
 五、六人くらいのグループだった。歌はもちろんMCも上手くメンバー紹介にも工夫があり、いわゆるエンタテインメント性があった高校生の頃から、どこかしら異端な雰囲気を感じていましたが、恬淡とした風貌からにじみ出る彼のカリスマ性は、言葉にするなら「芸術」。もう一度観たい。ソウルスマッシュ。

 最近の興味。
 小林賢太郎と片桐仁のコンビ「ラーメンズ」の舞台をDVDで観ました。自宅で。機智に富んだ言葉遊び、声帯模写、パントマイム、役作り、精緻な構成、その中で生まれる絶妙なアドリブ。最近主流の笑いは、人を騙したり、けなしたり、脅かしたり、あるいは自分を卑下したり、と、どこかしら心の底から笑えないのですが、彼らのそれは違いました。理知的で精緻な構成と独特の世界観、余裕を感じさせるアドリブが、遠慮のいらない爆笑や、時には驚嘆や不思議、感動さえも誘い出していました。


 きっと裏で、ものすごい量の時間と労力を費やしているのだと思います。ステージの一年前くらいから振り付けの構想を練り、ゲネを本番前に二回通すこともある。ラーメンズはテレビでの活動をあまり見ない。質を高めるために頻繁な出演を避けているのではないかと思われる。舞台を設定している点からも準備に時間をかけていることがわかる。そもそもどれも、観れば明らか、一朝一夕で完成できるような代物ではない。
 成果物を観るとまったく平然とやっている。ように見える。
 どれも、自己プロデュースしている。
 プロだなあ、と思わされる。

 最後まで読んでもらって、結局、手垢のついた言い回しで申し訳ないけども、
 やっぱり創るっていいね。

| 23:09 | - | comments(0) | - |
 会社経営の肝でもあります。
「悪い情報はすぐに知らせること」
 なぜこれが蔑ろにされるのだろうか。
 二つ理由があると思う。悪い情報を知らせる人が罪悪感を背負う社会となっていること。もう一つは、悪い情報を収拾できる人が少なくなっていること。


| 20:00 | - | comments(0) | - |
 時間の売買と信頼と生活
 企業買収を普段の生活に組み込んでみよう。
 企業買収が時間を買う手段であることはご存知の通りだ。しかし、時間を買う行為は企業買収だけでなく、お金を使うほぼ全ての行為に当てはまる。
 農家の人が時間をかけて育てた大根を買うのは、自分で栽培する時間を省くという行為だし、携帯電話で話せば、相手のところまで出向く時間を省けたことになる。タクシーに乗れば、自分の足とくらべて移動時間を短縮することができる。
 これをベースに付加価値を上乗せしてリッチな商品ができあがる。安全な国産の野菜であれば値段があがる。携帯ならばメール機能や海外への通話機能を利用すれば料金が高くあなる。タクシーなら居酒屋タクシーか。いや、これは無料だね。
 ベースとなる時間省略の手段を出発点として、特に無形の付加価値を付ける場合には、サービス提供者の信頼が必要だ。本当に国産野菜なのか、という問題はホットな話題ではないだろうか。高いお金を払う消費者は、信頼を前提に「高級な」時間短縮を行なう。
 私は最低限のサービスしか求めない。たとえば、国産だろうがアメリカ産だろうがブラジル産だろうが、気にしない。それが本当に表示されている産地のものかを確かめることがないからだ。味の違いが分からないのに産地が違うとクレームをつけるのも滑稽だ。牛肉であれば問題ない。携帯電話なら、多少音質が悪くても気にしない。話せればよい。メールも、即返事を要するような場合は当然使用しない。タクシーに乗る時は、多少遠回りされてもやりすごすことにしている。
 いちいち問題にすると時間がもったいないことに気付いた。
 相手にしている時間ももったいないし、気分の切り替えにも時間がかかる。そもそも、初対面の人やましてや会ったこともない人を信用することが間違っているのだ。経済は信頼よりも前に需要と供給で動くものなのだから。
 だから、最近は一人で完結する仕事がないかと考えている。生産者と消費者が直接あるいは極端に短い距離でつながるような、何か。いくつか、ある。

| 18:53 | - | comments(0) | - |
 瞳をとじて
瞼の裏に浮かんでくる光景は、
いつもぼくを
落ち着かせ、なごませ、楽しませ
そして最後に、
ひきちぎる。

夕闇の積もりだす頃、
ぐんと背伸びをしたぼくの分身は、
黒い視線で、
ぼくを見下ろす。
立ち竦むぼく。

暗闇に自由を感じたのは、
空に咲き乱れる自由な花を
純粋に楽しみに待ってられたときまで。

白い月明かりがまぶしいのか、
もう一人のぼくは姿を消した。

闇にまぎれた夏の花は、
きな臭く心地よいにおいを残す。

そして消えた。

エレーナから吐き出された煙は、
終わりの始まりを告げる。

ゴール横をかすめたボールは、
ペットボトルの蓋を突き飛ばし、
不安な角度へ跳ね返った。

時間はつながりを失い、
新しい始まりは、終わりだった。

気づく。

瞳をとじると、
初めてなのに、
なぜか懐かしい響きが聞こえる。

ほら、

アップルパイのように甘ったるく、

とげのように鈍く刺さる。

キウイの甘酸っぱさを思わせ、

腐った死体のようにとろける。




何か変わったことはないか?
体調を壊してはいないか?
ちゃんと寝ているか?

周りのみんなが目を輝かせているとき、
ぼくの皮膚の内側は必死に汗をかいていた。


とじた瞳に映った夏の最後の花火は、
きっとこれから
立入禁止。


| 00:42 | 独り言 | comments(0) | - |
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